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【竹内文書②】上古二十五代:天神時代から地上統治への変遷と超古代天皇の事績

世界のはじまり
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現代の歴史学が定義する「日本」という概念を根底から覆し、3000億年前という想像を絶する時間軸で描かれる古史古伝が「竹内文書」です。宇宙創生から続く天神時代を経て、選ばれし神々が地上へ降り立ち、世界を統治する拠点として日本を定めた「天孫降臨」の真実、そして上古二十五代にわたる歴代天皇の驚異的な事績を詳述します。天空を駆ける浮船、五色の人種、世界中の聖人が日本のスメラミコトを仰いだ壮大な叙事詩は、読者を未知なる深淵へと誘うでしょう。

天神時代から上古時代へ

竹内文書(竹内文献)の世界観において、歴史の始点は現行の「記紀」が扱う神話時代を遥かに遡る宇宙開闢の瞬間に置かれています。この文書は、武烈天皇の勅命を受けた平群真鳥が、神代文字で記された伝承を漢字とカタカナ交じり文に訳したとされる一連の古文書群であり、その内容は天神七代、上古二十五代、不合朝七十三代、そして現代に至る神倭朝へと連なる壮大な構成となっています。

宇宙創造と天神七代の活動

天地創造は「天神七代」と呼ばれる神々によって成されました。第一代から第三代にかけては宇宙の根源的な力の発生と次元の構築が行われ、物質的な地球の原型は第四代の神によってほぼ造られたと伝えられています。この段階では、神々は未だ形而上的な存在に近い性質を帯びていましたが、第五代に至って決定的な変化が訪れます。

第五代の夫婦神が初めて地球へと降臨を果たし、その降臨地は岐阜県高山市の船山であったと記されています。続く第六代の夫婦神は、地球に滞在するための神殿「アメトツチヒラミツト」を同じく高山市の位山に建立しました。そして今から約3000億年前、天神第七代の二人の神の子が天皇・皇后となり、地球に定住して統治を開始したことが、上古二十五代と呼ばれる時代の幕開けとなりました。

地上統治移行の宗教的・政治的意義

天神時代から上古時代への移行は、宇宙的な法を地上の物理的な秩序へと具現化するプロセスでした。この移行期において「天孫降臨」という概念が重要な役割を果たします。竹内文書における降臨は、記紀神話で語られる九州地方ではなく、中部地方の山岳地帯(飛騨・越中)を中心として行われ、そこが万国の民を統治する総本山となったのです。

「天照日神天皇(あまてるひのかみすめらみこと)、天職即位三億万歳(あめまつりそくいさんおくまんさい)に、改めて詔(みことのり)し、万国の祖根の棟梁天職天皇と定む。五億万歳までに皇太子産生(うま)る。日球神天職天皇(ひだまのかみあめまつりすめらみこと)即位して三百六十億万歳に、独り天職天皇と詔して定め、天日豊本葦牙気皇主大神(あめひとよもとあしかびきみぬしおおかみ)に譲る」

「位山に、日の神の皇太子の居る大宮を日玉国と云ふ」

岐阜県高山市の標高1,529mの山。 飛騨北部と南部の境界であり宮川と飛騨川の分水嶺の山。 飛騨一宮水無神社のご神体であり、天孫降臨の場所と言われている。

現在でも天皇が正装する際、笏は位山のイチイの樹を使っています。

この統治システムの特徴は、日本(越中)の皇祖皇太神宮が全世界の中心であり、天皇は「万国棟梁」として、地球上のあらゆる人種を導く存在であった点です。この時代、天皇は「天の浮舟(あめのうきふね)」という飛行体を駆使し、万国を巡幸して各地の文明を指導していたとされています。

上古二十五代の統治と歴代天皇の事績

「上古(じょうこ)」の時代は、二十五代にわたる天皇が在位し、日本を中心に全世界が一つの家族として平和に統治されていた、人類史上最も輝かしい黄金時代です。この時代、天皇は「スメラミコト」として、全人類の霊的・政治的頂点に君臨していました。

第一次神政内閣と世界統治の基盤

上古第一代、天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇(あめひのもとあしかびきみぬしみひかりおおかみすめらみこと)の時代に、地球全土を統治するための「第一次神政内閣」が発足しました。この内閣は、日本を世界の宗主国とし、世界各地に「民主(みっとそん)」と呼ばれる統治者を配置する祭政一致のシステムであり、日玉国の天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇は、万国を統治する世界天皇としての役割を担っていました。

天皇は、まず天祖人祖一神宮(後の皇祖皇太神宮)を造り、神人を象った地球最古の文字「神人神星人文字」を制定します。その文字を用い、型霊(かただま)と言霊(ことだま)のパワーを結集させた『天地和合の御守」を作りました。

参照元:【超図解】竹内文書/高坂和導

当時の天皇たちは、現代の感覚を遥かに超越した在位期間を誇っており、それは当時の地球環境が生命エネルギーに満ち、老いや病という概念が現在とは全く異なっていたことを示唆しています。

上古歴代天皇の驚異的な在位と事績の詳細

竹内文書に記された上古時代の天皇たちの在位期間は、時に数百億年に及びます。これは、当時の時間概念や寿命が、現在の物理的制約に縛られていなかったことを示しています。

代数天皇名(略称)特記事項在位期間(約)
第一代天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇日本を始め、各国名を定める第一次神政内閣発足天空浮舟の建造160億60万年(21世)
第二代造化気万男身光天津日嗣天皇16人の皇子が世界16方位へ派遣され、五色人の祖となる日の丸を定める320億年(23世)
第三代天日豊本黄人皇主身光天津日嗣天皇万国大変動時に皇族397名、天空浮舟で日球国へ避難270億5万年(24世)
第四代天之御中主男身光天津日嗣天皇2度の万国大変動象形文字にカナ筆・墨・紙・農・医の普及十二支制定度量衡・国境鳥居・豆まき250億年(22世)
第五代天八下王身光天津日嗣天皇最古の縄文土器100億20万年(22世)
第六代天目降美身光天津日嗣天皇110億年(22世)
第七代天相合美身光天津日嗣天皇万国大変動神前即位式100億2万3,003年(21世)
第八代天八百足日身光天津日嗣天皇錦糸・綾織による衣服120億年(20世)
第九代天八十萬魂身光天津日嗣天皇万国大変動インド人16万8千人来朝市場・牧畜・酒・漁猟160億年(22世)
第十代高皇産霊身光天津日嗣天皇天神人祖一神宮を皇祖皇太神宮へ改名110億100万年(20世)
第十一代神皇産霊身光天津日嗣天皇歴史編纂万国五色人法の政法指示(太古地球統一連邦の憲法)100億50万年(20世)
第十二代宇麻志阿志詞備比古遅身光天津日嗣天皇皇族の住居を高山と定める80億年(18世)
第十三代天之常立男身光天津日嗣天皇※四世の黄金ジェット機が南米ボゴダより出土90億年(19世)
第十四代国之常立身光天津日嗣天皇万国大変動一時避難の後、越中国ニヰヤの祖来山に再降臨200億年(22世)
第十五代豊雲野根身光天津日嗣天皇五色人民王ら来朝上代史編纂万国観察使を派遣100億年(18世)
第十六代宇比地煮身光天津日嗣天皇鏡・墨・円鏡・八咫鏡・八咫勾玉を皇祖皇太仁軍のご神体に十二支施行ヒヒイロカネ製造190億年(16世)
第十七代角菓樴(ツヌグ)身光天津日嗣天皇天下万国土海と化し、五色人全滅100億年(11世)
第十八代大斗能地王身光天津日嗣天皇万国大変動125億5年(10世)
第十九代面足日子身光天津日嗣天皇110億年(15世)
第二十代惶根(カシコネ)王身光天津日嗣天皇ヒフミ47文字 文字歌110億年(13世)
第二十一代伊邪那岐身光天津日嗣天日天皇(イザナギ)万国大変動十和田湖創生100億年(16世)
第二十二代天疎日向津比売身光天津日嗣天皇(天照大御神)万国大変動第一回岩戸閉め三千年後に開く須佐之男尊、檀国に流され檀君尊に。帰国後、オロチ退治。叢雲の剣を献上170億年(11世)
第二十三代天之忍穂耳身光天津日嗣天皇二神山に前方後円墳神籬(ヒモロギ)立瓶を作る130万年(7世)
第二十四代天之仁仁杵身光天津日嗣天皇天空浮舟の造船技術を世界に普及させるレムリア大陸浮上131万年(5世)
第二十五代天津彦火火出見身光天津日嗣天皇163万7890年

上古第二代天皇の時代には、天皇の兄弟姉妹である16人の皇子・皇女が、世界の16の方位(方角)に向けて派遣されました 。この派遣は、単なる植民ではなく、日本という文明の源流を世界中に分かち合い、各地に秩序をもたらすための「文明の種まき」でした。興味深いことに、派遣された皇子たちの名前は、現代の「ボストン」「ニューヨーク」「ヨハネスブルグ」といった都市名の語源になったと記録されており、これは古代日本の影響力が地球全土に及んでいたことを示す強力な記述です。

大変動と「日球国」への一時避難

上古第三代天皇の時代、即位から160億万年が経過した頃、地球全土を揺るがす未曾有の大地殻変動が発生しました。万国は「土海(どろうみ)」と化し、多くの文明が失われる危機に直面しましたが、スメラミコトとその一族は、高度な科学力の結晶である「天空浮舟」を駆使して、一時的に地球を離れ「日球国(ひだまのくに)」へと避難しました。

この「日球国」がどこを指すのかについては、太陽系内の他の天体、あるいは異次元の領域など諸説ありますが、天皇が宇宙的な規模での移動手段を有していたことは間違いありません。災害から5億5万7千年という途方もない歳月を経て、再び地球の状態が安定すると、天皇一族は地上に降り立ち、再び「万国産み」という復興活動を開始しました。その後も、幾度かの万国大変動が起こり「日球国」への避難が繰り返されます。このエピソードは、竹内文書の天皇が、単なる地上の支配者ではなく、宇宙の法則とともに生きる「絶対的な導き手」であることを象徴しています。

五色人の創成と人類普遍の兄弟愛

竹内文書において最も美しく、また重要な概念の一つが「五色人(ごしきじん)」の誕生です。これは、現在の人種問題や対立を解消する鍵を握る歴史的記述です。

五色人の誕生プロセスと種類

五色人についての最初の記述は、上古二代の造化気万男身光天津日嗣天皇の時代に表れます。

「天皇即位六億八千六百六十万八千六百二十一歳に弟妹五色人を産。弟妹の住居る所を、弟妹の名を国名に名付るを父天皇詔す」

つまり、造化気万男身光天津日嗣天皇の弟妹が五色人となり、各地へ派遣されたと記されています。その後、世界を十六方位に区分し、それぞれに皇子を配置して世界の安定を図ります。

※引用元:【超図解】竹内文書/高坂和導

  • 磐支那弟清王氏
  • インダウ天竺万山黒人民王
  • インドチュウラニヤ黒人民尊
  • ヨイロバアダムイブヒ赤人女祖氏
  • オオストラリニンユイタム赤人祖氏
  • オストリオセアラント赤人民王
  • アジアシャムバンコクムス白人祖民王
  • アシアアンナムノパノイ青人民王
  • アフリエジフト赤人王
  • ヨハネスブルク青人民王
  • ヒナタエビロスイソム赤疎民王
  • ヒナタエビロスアルヘナ黄人祖民王
  • ヒウケエビロスヒロコネ黄人祖民王
  • ヒウケエビロスボストン赤人民王
  • ヒウケエビロスカスケムコ赤人民王
  • アフリアビシアムス赤人民王

黒人祖と五色人

しかしながら遡る天神七代の時代、「黒石(青森県黒石?)に、黒人祖住みおる」との記述があり、五色人以前に黒人の祖先が住んでいたことになっています。

とすると、この黒人祖は、ネイティブな地球人ということになります。そして、この黒人祖を基調とし、弟妹神との交配、あるいは遺伝子操作等によって後の地球人が誕生したとも考えられるのです。『記紀』における国津神や、近年の遺伝子操作と5G、神=宇宙人説などがオーバーラップしてきます。五色人は、それぞれが地球の異なる環境に適応し、役割を持って世界各地へ広がっていきました。

黄人(きびと): 日本人を筆頭に、中国、モンゴルなど、アジア全域に広まった人種です。精神的な中心を担う役割があるとされます。

白人(しろびと): ヨーロッパ、オーストラリア、北米などに広まった白色人種です。技術や論理的な文明の発展に寄与したとされます。

赤人(あかびと): アメリカインディアン(ホピ族など)や、ユダヤの一部に見られる赤みを帯びた肌の人種です。自然との調和を重視する特性があります。

黒人(くろびと): アフリカ、中東、インドの一部などに広まった黒色人種です 4。強靭な肉体と、深いリズム感、生命力を象徴します。

青人(あおびと): ポリネシア、ハワイ、太平洋の島々に広がったとされる人種です。現代では純粋な形では稀であるとされますが、海洋文明の担い手でした。

これら五色人は、すべて日本の天皇(スメラミコト)を「黄金の親」として仰ぐ兄弟であり、当時の世界には「人種差別」という概念そのものが存在しませんでした。世界各地の統治者となった「民主」たちは、定期的に日本を訪れ、天皇から叡智を授かるとともに、自国の豊かさを報告し、平和を誓い合っていたとされています。

幣立神宮と「五色神祭」の継承

この上古時代の五色人の和合の記憶は、現代でも熊本県の「幣立神宮(へいたてじんぐう)」において大切に守られています。ここで5年に一度行われる「五色神祭(ごしきじんさい)」は、世界五大陸の代表が集まり、人類の和合と世界平和を祈ったという超古代の儀式を再現したものです。神社の配布資料には、この地から全人類が始まったという伝説が記されており、竹内文書が語る歴史観と完全に一致しています。これは、竹内文書の記述が単なる空想ではなく、具体的な祭祀として現代まで脈々と受け継がれてきた伝統であることの証です。

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